交渉

強くなったら、マークされるのは当然のことだ。
強い選手はそれでも勝から強い選手なのである 
100匹の金魚の糞をひきつれて勝てる選手はそういない。

スタート前に「いや、先週は風邪をひいて1ミリも乗っていない」とかいいながら
勝つ選手もいる。
その手を使える回数も限られているし、第一 信用を失う。

調子が本当によくない時、ステージレースで毎日 遅れて完走しながら
コンディションを上げて、1日に集中してステージ優勝するのは
自分はマイルランドのマッキャン選手から学んだ。

毎日、おとなしくしていた往年の選手が序盤から逃げたときは要注意だ。
「相当狙っている」し、そういう選手は手ぶらでは帰らない。

香港のワンカンポ選手がツールドコリアでステージ優勝する2日前に彼は自分に言った。
「君たちは序盤から逃げて勝つけど、僕は終盤まで待たないと勝てない」
そういった彼が序盤にアタックした時に信じられなくて、反応するタイミングを失った。
すぐ後ろにいたにもかかわらず…

後で、梅丹チームで総力をかけて追ったがぎりぎり逃げ切られてしまった。

別に彼が自分をだますつもりで言ったとは思えない。
違う方法にチャレンジしただけだろう。

強い選手はただでは捕まらない運もある。

自分も同じ手を使って、ツールド台湾でステージ優勝した。
リーダーチームのキャプテン イラン人のソフラビ選手は総合で遅れる自分を捕まえには来なかった。
代わりにNIPPOに追われたがあの日は本当に調子よかった。

前日に都貴選手を連れだして飲んだ、水餃子にビールが良かった。(都貴選手の名誉のためにいうと飲んだのは自分だけで彼は水餃子だけ)

ツールドブルネイで総合優勝した時は最終日の朝イランの監督に
「俺もお前たちをつぶさないから、俺がいった時はリーダーに追わせてくれ」と話を付けた。

それまで、リーダーのマレーシアナショナルチームはボロボロでもイラン人が自分をマークして行かせてくれなかったので、マレーシアチームがリーダーを守っていたからだ。

そして、イラン人のスプリンターと逃げた。
彼はステージ優勝して、自分は総合優勝した。

まだ、学生だった頃、ブリヂストンの三谷寛志さんに
「口をつかえ!」と教わったことがある。

一緒に逃げていても
使えない選手でも話しかけられると、情がわいて 切り捨てにくくなる。
その発展形で自分は利害関係を考えて今まで成績を残してきた。

もちろん、そんなことをしなくても勝てる幸也のような選手はいる。
ただ、自分にとってはそういう部分も自転車の人間臭い面白い部分だと思っている。

どこの世界にも結果を出すためにはやり方というものがある。
お互い、認め合う仲間というものはいいものだ。

澤池選手2勝目

今日はこちらに来ているボンシャンスの2選手を第3カテゴリーのレースに連れて行った。
去年からこちらに選手を呼んでいるがこちらにもいい経験になる。

プロのレースは移動距離が長いがこちらのアマチュアレースは近場であるので
ご飯を食べてからレースに行ける。
周回が小さいので、指示を出しやすい。
ボトルを渡すいい練習になる。
会場に行く前に疲れがたまっているという澤地選手の体を触ると
腸腰筋ががちがち!
後2日前に気づいてやっていれば思いっきり、絶叫させてやったのだが
レース前なので軽くほぐしてやる。

レース会場につくまでは車の中で昔話をした。
大体はブリヂストンアンカーからエキップアサダ時代の話で
康司の冗談のような話がほとんどだ。

そういえば、自分も三浦恭資さんの昔話をよく聞かせていただいたっけ!
三浦さんの話も冗談のような話ばかりで楽しかったが同じことを何度も聞いた記憶がある。
若い選手にはまず、この話したっけ?
と確認してから話すようにしているが
一度した話でも彼らは「まだです」と言って来たり
こっちが話したことをお覚えているのに、お前たちは…

今日は第3カテゴリーのレース。
レベルは高くないがやはり勝つのは難しい。

レース序盤の3人の逃げに澤地選手が乗った。

DSC_0412
伊藤選手が集団をいい感じで抑えている。

「あと何周ですか?」と澤地が聞いてくる。
周回版を見ろ!
と言いたいが、見る余裕がないのであろうと思い
補給しながら、周回を教えてやることに

「あと2周だぞ!」と伝えて、写真を撮りにゴールに行くとあと1周だった。

残り300mでゴールだと教えてやるか、それとも写真を撮るか?

まさか、ジャンがなっているのに間違えるわけがない。
いや、澤池はあんな大きな周回版にも気づかない男だ。
ここは、写真よりも勝たせてやる方が大事だ。

と結局 ゴール前で声をかけることにした。

彼は見事な捲りで優勝して、直後のこの日35回目の石畳のコーナーを曲がりきれずに落車。

ホイールを壊し 下ろしたてのジャージを見事に破いた。
伊藤選手も集団の頭を取り4位。
DSC_0422
今まで第3カテゴリーのレースで勝った選手は沢山いるが、勝ちまくった選手はそうはいない。

ゴール後、いいカメラを持っている人を捕まえてゴールの写真をお願いする。
一人のおじさんにビールを奢って、写真を送ってもらう約束を取り付けた。

優勝の花束をうちの嫁さんにいただいて、フランスの母の日のいい贈り物になりました。




DSC_0425

訂正

今日は若手と一緒に走った。
最近、外を走っていなかったので下りを攻められない。

下りながら
先日書いたブログに重大な誤解を招く箇所があることに「はっ」と気が付いた。

練習は無謀にと書いたが決して、下りは無謀に下らないでください。
信号も…

幸い、僕の賢明な読者さんは そこもちゃんと汲んでくれていたようです。

練習で転ぶのは愚の骨頂です!

計算された無謀さ

ツアーオブジャパンが終了した。
今年も日本人の総合優勝者は出ず、まだ自分は唯一の日本人総合優勝者として名を残している。
今はカテゴリーも上がって、イラン人も強くなったし、勝つのが難しいことは理解できる。
しかし、当時と違って今では世界の状況も日本にいながら手に取るようにわかるし
ヨーロッパいくチームも増えている。

かつて、飛び込みセールスのような形で飛び込んで行った先人たちがスタッフにまわり
いつでも、ありがたい言葉を聞かせてくれることであろう。

それでも、ツアーオブジャパンでUCIポイントが僅かしか日本に入ってこないという状況は何とかしたいものだ。

試走をして、ばっちし調整しても敵わない。

ラベルがちがう。

では、ラベルを張り替えてもらうしかない。

しかし、中身がともなっていないのに
ラベルだけ張り替えられても惨めなだけである。
スタートラインに並ぶまではプロとして扱えてもらえる。
しかし、スタートしてすぐに自分だけ遅れるのだ。

幸い、アジアにはレベルに伴っていないチームがたくさんあるから
ちぎれるのは自分たちだけではないかもしれない。

そういう状況が今のコンチネンタルがたくさんできる状況を後押ししている。

では、どうしたらよいか?

アマチュアでいいと思う。
弱いコンチよりもコンチに勝てるアマチュアチームの方がいい。

そして、アマチュアチームであれば、ヨーロッパのアマチュアレースを走れる。
ヨーロッパのチームに単独で加入して、経験を積める。
フランスはアマチュアに3つのカテゴリーがあり
第1カテゴリーのトップ選手は若ければそのままプロに直結している。


自分も康司も崇史もフミも幸也もそのステップで上がっていった。

今のコンチネンタルの選手は、そのチームのジャージとナショナルチームジャージ以外着ることは許されていないから
実業団レースとUCIレースしか走れない。

UCIレースで勝てる選手ならいいが、そうでない選手は
アマチュアから勝って上に上がっていくことをお勧めする。
日本のJPTも2つのカテゴリーに分けられるぐらい強い選手が増えてくれればいい。

勝負の駆け引きを学ぶことなく上に上がっていっては、いざという時に勝利を逃すからだ。

走り方は積極的に行けばいいってわけではない。
練習量と自信に裏付けされた積極性でなければ、それはただの自殺行為。
リタイヤしては、経験するチャンスが減る。

タイ合宿で毎日200㎞越えの練習をして、自分はレースの200kmが短く感じた。
ステージレースを2レース連続で走ったりしたものだ。
康司はフランスの第1カテゴリーのステージレースセルキュイ デ ロレーヌで総合2位に入った後
中1日でトルフェードグランパーという第1カテゴリーのワンデーレースで4位に入賞した事がある。
それも、スタートアタックして最後まで集団に戻ってこなかった。
その時勝ったのは当時らフランセーズでジュのフィリップジルベール。

練習では無謀な走りをすればいい。
しかし、レースでは計算された無謀さでなくてはならない。

昔、イランチームでは福島兄弟を逃がして1分差をあげたら捕まえられない。
とまことしやかに言われていた時代があった。

こっちから言わせれば、そんなあほな と言いたくなる話であるが
外国人からもマークされる新たな日本人が早く出てきてほしいものである。

嬉しい事

ツアーオブジャパンの情報がじゃんじゃん入ってくる今週。
起きてから、リザルトを見るのが楽しみです。
新しくできた稲辺ステージ。
前の集団に日本人選手がいなかったのは残念でした。
日本の選手に足りていないのはパワーです。

ヨーロッパでは、横風が吹くとペースが上がります。
日本では上がらない。
コーナーの立ち上がりも、集団後方では人間の限界をこえたスピードにヨーロッパではなるのです。
それでもちぎれない。
頭のすじを切って、前のホイールだけ見てついていく。

先日、日本のレースのレベルとヨーロッパのレースのレベルはと聞かれて
ビンを縦にして、これが日本のレース。
横にして、これがヨーロッパのレース。
と説明したことがあります。

勝てる選手が10人いるレースと50人いるレースでは、自然とペースも違ってきます。
ついていくだけではないチームが増えれば増えるほど
レースはきつくなります。

明日の飯田ステージは、ごまかしのきかないコース。
自分の予想ではトップ集団に残れる可能性があるのは、土井選手ぐらいでしょう。
(最近、よいしょしていますが 何かもらったからではありませんよ!)
個人的には愛三の中根選手にも頑張ってほしいところです。

飯田ステージで僕の幟を立ててくださっているとある方が教えてくれました。
嬉しいことです。

みなさん、楽しんでくださいね!!

遺るもの

パンクしたリッチーポートがサイモン クラークにホイールをもらって、別のチームの選手からの機材提供を受けたという理由で2分のペナルティーを科せられた事が話題になっている。
この話を聞いて、思い出すことがある。
2006年第2回、ツアーオブサイアム(タイ)に自分は参加していた。
前年総合優勝したレースだったがスタート前にお腹を壊し、自分は3日間寝たきりだった。
治ったと思った時に食べたドリアンがとどめだった。
寝込む兄をよそに康司はバンコクの街中を1日中走って、排ガスにまみれながら250kmのトレーニングをしていた。
第1ステージ、弟の康司がアタックして一人でずっと逃げていた。
もうすぐ捕まるという時に自分が単独で飛び出して合流。
そのあとも、ほとんど康司にひいてもらって2人で逃げ切り自分はステージ優勝した。
翌日、自分は遅れてジャージは康司に渡った。
第4ステージだったか
崇史(宮沢)が二人で逃げて、チームで集団をコントロールしていたが
後半の登りでアシストがいなくなり集団には康司が一人になってしまった。
運が悪いことに、残り10kmの下りで康司がパンクした。
その時に、シマノから参加していた土井選手が康司にホイールを渡してくれたのだった。

結局、康司はジャージを失ってしまったが、当時ペナルティーはなかった。
崇史はステージ優勝した。
康司がジャージを逃した事よりも崇史がUCIのレースで初めて優勝したことがうれしくて
皆で乾杯したことを覚えている。

最終的に自分がこのレースは総合2位で終えた。
このころのアジアのレースはどんでん返しばかりでなかなかおもしろかったのだ。

この時の話を今でも土井ちゃんと話をする。
レースの結果はネットをたどらないと思いだせないが、あの土井ちゃんがあわてて康司にホイールを渡してくれていた光景は今でも自分の脳裏に遺っている。

当時の写真はこちら
http://www.cyclingtime.com/modules/myalbum/photo.php?lid=19027

自分にうまく教える事がでいるかどうか?

長年、自分は学校や塾やセミナーで多くのことを教わってきた。
点数は平凡で、そもそも人の話を理解することが苦手だと自分で思っていた。

ただ、自分がどれだけ知っているかはおいておいて、人に教えることは好きだった。
その人の経験に当てはめて、たとえ話をすると人はよくわかってくれるのだ。

大学で教職を取らなかった時点で自分は人に教える職業に就くことはないと思っていたが
どんな道に進んでも、人を指導する機会はやってくる。

今、自分は自分の子供に日本語を教えている。
日本では小1になる娘は(フランスでは9月まで幼稚園)学校でフランス語を、週一の日本人補習校で日本語を学んでいるが、嫁さんがタイ人である我が家は日本語を教える仕事は自分の仕事になっている。

集中力を切らさないように、できるだけ自分で答えを見つけられるように心がけているがなかなか難しい。

最近、自分も日本語を書くのが雑になってきたりしていたので、正しいひらがなの練習からやりなおしだ。

やはり、自分の中でしっかり理解していないと人には教えられない。

人に伝えるときにわかりやすくその人の経験に結びつく例え話などを交えれば人も良く理解してくれるが
こういった作業をもっと自分にしてくれば、自分ももっといろいろ学ぶことができたのではないかと今更後悔している。

危険な集団スプリント

教えるということが自分は得意であると自分では気づいていた。
しかし、大学でレースを優先して教職免許をとらなかった時点で、自分は人に教える職業には
つけないとあきらめていた。
しかし、選手を長い間続けていると教える機会ができてきた。
そして今、フランスに来て
子供は学校でフランス語を勉強する。
日本でいえば小1になる長女は、帰国後今は幼稚園の年長であるが(こちらは小学校は9月から)
嫁がタイ人である自分は、日本語を自分が教えなくてはならない。

子供の集中力があるうちに、うまく教えなくてはならない。

教えていて気が付いたことがある。

まずは噛み砕いて自分にいかにうまく教えられるかということにかかっていると思う。

自分が理解していないことは教えられない。難解なものも自分でも分かる形にして理解する。
これが第一段階。
自分ももう少し早くわかっていれば、もっと勉強できたのではないかと思うが…

そして、次の作業はそれを相手に理解できる形に変換する。
これが教える人間の能力の差が出るところだ。
これは、マッサージャーが体をほぐすような作業で相手に合わせてサービスをしなくてはならないだろう。

教えていてわかることはいかに自分が無知であるかということばかりだ。

子供にはひらがなの書き順をビシバシ教えています。

レースでも集団スプリントに持ち込みたいときは
一定出力で、のぼりはゆっくり、下りも踏んで、コーナーのブレーキは少なめで、立ち上がりはゆっくり加速。
つまり、ついてくる人間がついてきやすいようにコントロールする。

逆に集団を壊したいときは逆のことをすればいい。

教えることも同じことが言えると思う。

ただし、こういう教え方では集団が崩れないから集団スプリントになるが
それも大学まで

人生のレースは、一般社会に出たときにいかに自分にうまく教えられるかにかかっていると思う。

こいのぼりの最期

大きくなったら、こいのぼりになる と言っている長男4歳がある日、窓から嬉しそうに紙をたなびかせている。

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妻が

「これ、こいのぼり だって~」という。
あまりにも哀れで涙が出そうである。
2歳ごろからこいのぼりを見るたびに、大はしゃぎしていたが彼のこいのぼり好きは本物だった。

最近は便利なものでネットでダウンロードしてプリンターで印刷できるペーパークラフトがある。
結構、本格的な紙製のこいのぼりを1時間ほどかけて作成した。
完成した時は我ながら頑張ったと思う。

















IMG_7322

















とても子供に作れる代物ではない。


それから、2時間後 長女の妬みを買ったのか
そのこいのぼりで応戦した息子のこいのぼりは無残な最期を遂げたのだ。
もう作る気力もない。

嗜好

月日がたつものは早いものであっという間に4月です。
子供たちは幼稚園にも慣れて、また日本人補習校では自分はイベントを担当することになりました。
イベントと言っても年に2回。
バザーと運動会です。
毎中土曜日にある補習校ですが日本語が通じるのでうちの子供たちは楽しみにしています。
また、フランスの幼稚園でも日本の紹介をしてくれという話ももらって
家族が来てから自転車界以外の人との接点ができていい勉強になっています。

やはり、世界は広い。

先日、用があってスイスのエーグルに行ってきました。
エーグルと言えばUCIの本拠地です。

同じ、研修員の小田島さんもエーグルでコーチをしています。
自分は大昔にB世界選手権で行って以来。

あの時は田代、岡崎、広瀬、真理、飯島さんの6人だったかな?
オリンピック枠がかかっていたので随分と緊張したのを覚えています。

しかし、強豪国を除いた変な大会でした。

16人ほどの逃げに田代と岡崎が乗っていったので、OKということで枠を2つ取れてほっとしたのを覚えています。

それにしても初めて訪れたUCIは草原の真ん中。

若い選手には娯楽も必要です。
ただ、それがありすぎても競技に集中できない。
走る環境と息抜きをする環境のバランスが大切です。

息抜きも人それぞれ、田舎で日向ぼっこがいい人もいれば、一日中ネットをしているのが一番のリラックスである選手もいれば、外を歩き回っているのがいい選手もいます。

ある選手には充電になっても、ある選手にはストレスしかたまらない。

異性に対する嗜好と同じです。

自分はやはりメコン川を見ながらのむコーラかな?

夜の焚火…

いや、間違えた … 今は子供の寝顔でした。

弟の片思いではありません。

どうも、最近 弟のブログに俺が良く登場するようになった。

先日、かつてファンライドで連載させていただいていた
「兄弟往復書簡」コーナーを復活させようという。

もう、俺たちの時代は終わったんや。
今更、始めたって 昔のノスタルジーを感じるファンの人に読んでもらえるだけで
新しいファンは発掘できへん。

そういったが、一度言い始めたら聞かない弟の事。
往復書簡は始まった。

弟の要望通り
歯に衣重ねずに書かせてもらっているが、ここまでぼろんちょに言っていいのかな…

まあ、突っ込みどころ満載なので、小出しにツッコみながら続けていこうと思います。

よかったら、皆さん見てください。


http://cozzy.biz/


皆が納得しているのか?

更新が随分と遅れてしまいました。
寒暖の差が激しい季節ですが元気にやっております。

あっ 元気ではありませんでした…

子供が4人ともインフルエンザにかかって
最初にかかった長男にもらった薬を仲良くシェアして流れ作業で看病しておりました。
今年のインフルエンザはフランスでも猛威を振るっています。
幸い、親には免疫があったようで大丈夫でした。

子供には申し訳ないが、病気にかかって元気がなかったので
静かになって助かり、自分の仕事は逆にはかどったというか…

フランスの病院はこれでもかというほどよく待たせてくれます。
2時間ほど待たないとみてもらえません。
嫁さんがフランス語が解らないので同伴するのは自分の勤め
インフルエンザといっても、子供の場合は解熱剤を飲んで休むだけなんですね。
フランスに来てから、子供と共に過ごす時間がこういったこともあってずいぶん増えました。

ある時は長男の腕が抜けてしまって
こちらに来てから、病院の常連になりつつあります。

元気になった子供は家から10kmのカシ(CASSIS)まで連れて行って
石の海岸で海に石を投げさせています。
砂だと大変なことになるのでこの寒い時期は石に限ります。

そのまま、石と一緒に海にはまりそうですが…

写真は海辺で見つけた毛虫の行進!

IMG_6142
はぐれないようにみんなでつながって
どこに向かうのか?
誰がリーダーなのか?
行先はどうやって決めたのか?
果たしてみなが納得しているのか?

謎は深まりますが、ミストラルが寒いので写真だけ撮って後にしました。



娘の警笛

「あなた、違うパパですか?」
「あなた、違うパパですか?」
「あなた、違うパパですか?」
スマートフォンに夢中になっている時に娘の声に呼び戻された。
おう、いつのまにそんな日本語覚えたんだ。

娘の声が聞こえない父親に対して
なんと、的確な呼びかけなのだろう。

少し、距離と軽蔑をこめて、
しかも、心にグサッとくる。

「はあい、パパが帰ってきましたよ!」

今更、昔話もないですが

最近、子供に日本昔話を読んで聞かせてやっている。
子供向けのものは、話もソフトで
桃太郎では、鬼が反省して宝物を返してきたりする。
そうじゃないだろ。

サルカニでも、蟹のお母さんが死ななかったり。

自分が子供のころはもっと、ダイレクトだったと思うが今の世の中は
ソフトなところがあったと思えばネットでえぐい映像が突然現れたりする。

昔話というものは大抵は、正直物と欲張りな人が出てくる。
欲張りは罰に遭い、正直者は金貨がもらえたり、殿様と結婚したりする。

金がもらえることはいいと思うが、果たして殿様と結婚してめでたしめでたしというのは
あまりにも打算的であると思う。
こういっては憚られるが、女性というものは、やはり貧乏よりは金持ちが良くて
また、不潔よりは清潔を好むものであるということが今更のようにわかってきた。

汚い部屋が母性本能を刺激するなんて嘘で、ただの演出だ。

自分は中学生のころ、ちょうどバンカラが全盛期、下駄にぼろぼろの学生服の高校生を見て
かっこいいと思い道を踏み外した…

次の世代にアドバイスすることができるとすれば、
もてたければ、清潔でいろ、といいたい。

清潔と潔癖をはき違えぬように。ようは身なりだ。

そして、昔話に苦言をもう一つ

後日談が欲しい。

ありがちなパターンとして
殿様は実は男色家で変な性癖の持ち主だったとか…
一気に大金持ちになったおじいさん、おばあさんの最後はお金を使い果たして、友人まで失って惨めだったとか…

それから、一番かわいそうなのは実は騙されていた浦島太郎。

やっぱり、運も必要。

今日は日曜日、子供を近くの海(toulon)に連れて行った。
昨日は風が強かったが今日は風もなく、はだしで波と戯れる子供たちもいる。
自分は子供を自然と遊ばせるのが大好きなので
妻の冷たい視線を横目に子供の靴下を脱がせて、ズボンを捲り上げて
「いってこい!」と長女と長男を送り出した。
DSC_0174
ゲートか飛び出す馬のように飛んで行った二人は、当然といえば当然の結果であるが
油断した時に大きめの波に遭って、長女に関して言えば軽く転んで
ずぶ濡れになってしまった。

行って来い といった手前、子供に罪はない。
「波に気をつけろといったろ」と言いながら
脚の砂を払って、風邪をひかぬようにタオルでくるんで急いで車で帰路に就いた。

波を読めるまで、自分も何回も波にのまれている。
はまって初めて学ぶのだ。

妻の口撃を子供とシェアしながら、帰路に就いた。DSC_0187


究極の教育とは自分で学ばせること。
克服できる人もいれば、トラウマになってしまう人もあるでしょう。

子供はソフトな形で克服さてやり、大人はハードな形で…

子供には転ばぬ先の杖や助け舟は必要ですが、大人には真のアドベンチャーでなければ
学べないところが大きい。
教習所のなかだけでは駄目なのです。
あとは、ここまでは大丈夫という経験と勘。
そして、最後はやっぱり運!か…


多様性の時代

フランスでテロが起こりました。
今回のテロでフランスではかつてない規模の集会がありテロ撲滅に向けて盛り上がっています。
それと同時にまたもやイスラム教徒の人が嫌がる風刺画が雑誌に載せられました。
この盛り上がりを見ていると普段から集積されたイスラム教徒の人たちへのいら立ちが一気に表に出たというのが本音でしょうか。
表現の自由が損なわれたというのが今回の集会の意味でしょうが、例えば人間というものは自分の母親を侮辱されたら理性を失うことがあります。
「私はシャルリー」を合言葉にデモをしている中に「私はイスラム教徒」というプラカードを持って更新した女性がいたということを聞きました。

流れに乗るのも自由、逆らうのも自由というわけです。
一方の流れだけで反対の流れを弾圧するのであれば危険ですが、こういったことも許されることが、真の意味で「自由」を認めているフランスであると感じると同時に、それだからこそ、直面している問題も多いことを考えさせられました。

今はまさに「多様性」の時代。
インターネットで世界中から気の合った仲間を見つけて集まりを作ることができ、特殊な考えでも共有、発展することができます。
情報も溢れていて、発信できる人も昔と比べて格段と増えました。

人の考えが細分化されて、それが発展していく。

昔であれば、人の考えも国ごとにまとまっていましたし、統治者としては非常にやりやすかったと思います。
多様化の時代は全体的に間違った方向に向かいにくい反面、少数集団のこういったテロの行動はなかなか抑えるのが難しいでしょう。

世界中の人の考えがすべて同じになることはあり得ません。
多様化の中の団結。
この問題の解決のキーワードは「リスペクト」だと思います。

選手を1名募集!

ボンシャンスでは選手を1名募集します。
自転車レースの経験の有無は問いません。

このブログをご覧になっている方で
我こそはという若者、または近所に
自転車をするにはもったいないくらい才能に恵まれている
若者をご存知の方!

お知らせください。

基準としては陸上なら1500Mで4分30秒を切るような成績を出せる。
もしくは、それに準じた成績を出せる人です。

待遇はその選手のレベルに応じて、日本でのトレーシング、もしくはフランスでのトレーニングを
本人との相談の上、決めます。

希望、ご紹介は
allezallezbonnechance@hotmail.com
まで
氏名
年齢
志望動機
スポーツ歴を添えてご連絡ください。

こちらから、返事をさせていただきます。

皆様からのご連絡をお待ちしております。

ごつごつな俺

すでにお亡くなりになっているが竹内均さんの分かりやすい話が好きだ。
特に毎年数cmの隆起と浸食で山が出来るようにこの世の中は
ゆっくり絶え間ない物の積み重なりで出来ているという話。
そして、子育てもまさしく隆起と浸食の結果、柔らかい物の中のかたい部分が現れてくる。


最近遠くを見る時間が減った分、近くばかり見ている。
明日から、子供を朝幼稚園に送り届ける。
かなり、忙しくなるが子供を送り届けてからの自分の時間が楽しみでもある。

小さい時から、整理整頓と口を酸っぱく言われてきたのだが、気が付いたら散らかっている。
しかし、今自分に必要な事はこの整理整頓。

やりたい事、しなくてはならない事、しなくてもいい事、してはいけない事。

それがグッチャグチャになって箱に入っている。

もちろん、稼がないと家族を養えないが、魅力的な人は目先の事に囚われずに
大きな目標に向かっていく人だ。

しかし、子供の手を取らずに道を横ったら周囲の人のまなざしが気になる。
本当にこちらは物騒なので子供の管理は大変だ。
飯田が懐かしい。

2年ほど前に服はちゃんと畳んだ方が場所を取らない事に気がついた自分であるが
今日は遠くを見ていないと目が悪くなる事に気がついた。

近くの事に気を配りながらも常に自分の行く先を確認していないと目的地にたどり着かない。

人生既に43。
一生懸命打ち込めることに人生を捧げたいと思う今日この頃。

前進!前進!

2015年になりました。
昨年は引退1年目という事で人生の節目。
自分の中でも選手気分が抜けずにいろいろ考えた年でした。

昨年は祖母がなくなりました。
99歳でした。

昔から、僕達兄弟をかわいがってくれた祖母でしたが、後半はボケてしまって
僕の名前を思い出してくれなかった事がとても残念でした。
祖母には罪はありませんが、人間は覚えていてもらうと言う事が
非常に嬉しい事だと言う事を実感して
これからは人との出会い、付き合いをもっと大切にしていきたいと感じた
2014年でした。

新しい環境でスタッフとしてシーズンを迎えたのですが
分かっていたつもりの事が分かっていなかったり
自分の無知を思い知らされた年でもありました。

そういった意味でスタートラインにたてたと思います。

家族をフランスに呼んだことで子供とも向き合う事になり
国際結婚の自分はこれからはフランス語、日本語の教育を自分がしなくてはなりません。

子供の集中力の続かなさに驚いたり
自分の忍耐力のなさに気がついたり

子供というものは、原始時代に生まれれば、原始人に
オオカミの子供に生まれれば、オオカミと話ができるようになる事でもわかるように
まっさらです。

しっかりとネットの世界にはまりつつある子どもたちを、妻と争いながら
野生児に育てようとしています。

子供を育てるにはまずは自分が周囲を整理して、しっかりと自分を運営する事が
大事だと痛感している意味でも子供から多くの事を学ばせてもらっています。

なかなか、ストレスフルな去年でしたが、その分意味のあった年であったとも思われます。

今年はマルセイユで2年目になります。
勝手が分かっている分、更に活動の範囲を広げていきたいと考えています。
今年もよろしくお願いします。

今まで自由に生きすぎたのか…

年の瀬も押し迫ってきましたが、まったくもってそのような気がしません。
年を超す瞬間は、こたつにミカン、ゆく年くる年を見ながら今年あった事に思いをはせる。
という文化がここフランスにはないようです。(正確には日本以外はない)
12月30日だと言うのに、あの休みたがり屋のフランス人が働いています。

やはり、厳粛に年を越すには日本で年を越すしかないようです。

あの満月の夜に狂ったように産卵する魚のような、真剣な初詣をここに求めてしまう
自分はあまのじゃくなのかもしれません。

今こちらで4人の子供と過ごしながら思う事は、子育てとは本当に大変なことであると言う事。

こう思ってはいけないと思うのですが、すごい自己犠牲です。
レースのアシストどころではありません。

こちらは24時間

全ての親を尊敬せざるをえません。

自分はいままで一般の人からしてみれば、非日常的な日々を送ってきて
それをブログに書いて多くの人に読んでもらってきました。

逆に子育てのブログなんて誰でもしている事なので読んでこなかった。

しかし、大変さはむしろ子育ての方が上をいっている。

子供達が来てから、ローラーに乗る気力が湧いてこないのです。

いろんな所に連れて行っても、滑り台にしか興味がない子供たちなので
自分達の家で年を越せる事に感謝しながら、近場で済ませようと思っています。

1月からの幼稚園が楽しみです!

皆さま、よいお年を!

今まで自由に生きすぎたのか…

年の瀬も押し迫ってきましたが、まったくもってそのような気がしません。
年を超す瞬間は、こたつにミカン、ゆく年くる年を見ながら今年あった事に思いをはせる。
という文化がここフランスにはないようです。(正確には日本以外はない)
12月30日だと言うのに、あの休みたがり屋のフランス人が働いています。

やはり、厳粛に年を越すには日本で年を越すしかないようです。

あの満月の夜に狂ったように産卵する魚のような、真剣な初詣をここに求めてしまう
自分はあまのじゃくなのかもしれません。

今こちらで4人の子供と過ごしながら思う事は、子育てとは本当に大変なことであると言う事。

こう思ってはいけないと思うのですが、すごい自己犠牲です。
レースのアシストどころではありません。

こちらは24時間

全ての親を尊敬せざるをえません。

自分はいままで一般の人からしてみれば、非日常的な日々を送ってきて
それをブログに書いて多くの人に読んでもらってきました。

逆に子育てのブログなんて誰でもしている事なので読んでこなかった。

しかし、大変さはむしろ子育ての方が上をいっている。

子供達が来てから、ローラーに乗る気力が湧いてこないのです。

いろんな所に連れて行っても、滑り台にしか興味がない子供たちなので
自分達の家で年を越せる事に感謝しながら、近場で済ませようと思っています。

1月からの幼稚園が楽しみです!

皆さま、よいお年を!

今まで自由に生きすぎたのか…

年の瀬も押し迫ってきましたが、まったくもってそのような気がしません。
年を超す瞬間は、こたつにミカン、ゆく年くる年を見ながら今年あった事に思いをはせる。
という文化がここフランスにはないようです。(正確には日本以外はない)
12月30日だと言うのに、あの休みたがり屋のフランス人が働いています。

やはり、厳粛に年を越すには日本で年を越すしかないようです。

あの満月の夜に狂ったように産卵する魚のような、真剣な初詣をここに求めてしまう
自分はあまのじゃくなのかもしれません。

今こちらで4人の子供と過ごしながら思う事は、子育てとは本当に大変なことであると言う事。

こう思ってはいけないと思うのですが、すごい自己犠牲です。
レースのアシストどころではありません。

こちらは24時間

全ての親を尊敬せざるをえません。

自分はいままで一般の人からしてみれば、非日常的な日々を送ってきて
それをブログに書いて多くの人に読んでもらってきました。

逆に子育てのブログなんて誰でもしている事なので読んでこなかった。

しかし、大変さはむしろ子育ての方が上をいっている。

子供達が来てから、ローラーに乗る気力が湧いてこないのです。

いろんな所に連れて行っても、滑り台にしか興味がない子供たちなので
自分達の家で年を越せる事に感謝しながら、近場で済ませようと思っています。

1月からの幼稚園が楽しみです!

今まで自由に生きすぎたのか…

年の瀬も押し迫ってきましたが、まったくもってそのような気がしません。
年を超す瞬間は、こたつにミカン、ゆく年くる年を見ながら今年あった事に思いをはせる。
という文化がここフランスにはないようです。(正確には日本以外はない)
12月30日だと言うのに、あの休みたがり屋のフランス人が働いています。

やはり、厳粛に年を越すには日本で年を越すしかないようです。

あの満月の夜に狂ったように産卵する魚のような、真剣な初詣をここに求めてしまう
自分はあまのじゃくなのかもしれません。

今こちらで4人の子供と過ごしながら思う事は、子育てとは本当に大変なことであると言う事。

こう思ってはいけないと思うのですが、すごい自己犠牲です。
レースのアシストどころではありません。

こちらは24時間

全ての親を尊敬せざるをえません。

自分はいままで一般の人からしてみれば、非日常的な日々を送ってきて
それをブログに書いて多くの人に読んでもらってきました。

逆に子育てのブログなんて誰でもしている事なので読んでこなかった。

しかし、大変さはむしろ子育ての方が上をいっている。

子供達が来てから、ローラーに乗る気力が湧いてこないのです。

いろんな所に連れて行っても、滑り台にしか興味がない子供たちなので
自分達の家で年を越せる事に感謝しながら、近場で済ませようと思っています。

日記の効用

今はフランスに家族を定住させるために随分時間を割いてる訳であるが
そういった間に過去の日記を読み返してみた。
23歳の時だから今から20年前の日記
読み返すの初めてであろう。

その中に、愛知国体の4km速度競争で6位に入った時のくだりがある。
駄文であるがそのまま抜き出してみようと思う。

「一面では大したことではないと思いつつも一面ではその報酬を待つ。
一面ではこれは違うと思いながらも、もう一面で自分を納得させたがっている。
そして、俺は自転車以外に特に才能がないから将来に不安を感じる」
中略
そして、他人の言動い左右せれない、確立された自分を持たなくてはならない」

この20年前の自分の悩みは、今は解決されたであろうか?

自分は過去の日記を全てフランスに持ってきた。

自分にとって日記は精神安定剤。
相談相手である。

オランダに遠征した後に迎えに来てもらった人。
泊めてくれた友人の話など
失礼ながら、忘れてしまっていた話を思い出す。

大学時代のライバルとの会話
今、自分が若い選手と接していて、よく聞く話を
昔の自分もしている。

先ほどの抜き出した言葉はレース中に良く感じる心境でもある。

逃げに乗って、逃げ切り確定!
逃げに乗った事で第一関門クリア
次は確率が高くなったステージ優勝への関門だ。

もしくは
今日逃げ切って、総合上位につけた
さて、どのタイミングでリーダージャージを狙ったほうがいいか?
もしくは、チーム力を考えると最後までリーダージャージを着ないで2位につけていたほうがいいか?

昔はこのような計算も出来ずに
「夢はツールドフランスで総合優勝する事です」なんて言っていた。

今は現実的にそれがどれくらい難しい事か分かって
ツールドフランスには出れなかったが、ツアーオブジャパンで総合優勝することはできた。

ただ、ツアーオブジャパンで総合優勝したからと言ってツールドフランスにトライするチャンスがあるかといえば
それは全く結び付かないことも今は分かる。

昔、自転車しか才能がないと不安がっていた自分であるが、
(その才能も不十分であったこともいやというほど重い思い知らされたが)
今はその自転車が与えてくれたもの(人、経験、見識、健康、お金、モノ)をうまくつなぎ合わせて、
将来に保証もないが不安もそれほどなく生きながらえている。

にんじん

嫁さんがタイ人である内の家庭はフランスに来たら
日本語は自分が教えなくてはならない。
5才の長女は公文などに行かせていたが
今度の日本人学校補習校の宿題をやらせようとしたら全然分かっていないことが判明した。
今までお風呂で「に」はどれ?
と聞いたら、はっているひらがな表で答えていたので
分かっていると思っていた。
いざ、書かせてみると
全然、分かっていない。

ニンジンの絵を見て、答えていただけだった事に今更気がついて
いままでいかに子供の事を注意してなかったのかが分かった。

それにしても
自分の子供に教えるのは難しい。

自分も母親に教わる時は、全然集中していなくてふざけて怒られてばっかりだった事を思い出す。

「甘え」があるのも当然で、そこをいかに払拭するか?

教える事を職業とする立場として
やはり、子供から学ぶ立場でやって行きたいと思うがどうしても感情的になってしまうなぁ。

子供達は1月から地元のフランスの公立幼稚園に通います。

どうなる事やら…

命の連鎖

今更ながら子育ての大変さを痛感している。
自分という子供は本当に落ち着きがなかったと聞いているが
うちの長男(4歳)は一時たりともじっとしていられない。
するなと言ってもするし、触るなと言っても触る。行くなと言っても行く。
その度にお尻にもみじをプリントしながらも続けるのである。

その内、尻の皮が厚くなってきて叩いても笑っている。
自分も彼以上に落ち着きがなかったと言う話を聞く。
うちの母親は手が痛いので掃除機のホースのプラスチックの筒で尻を叩いていた。
あれは痛かった。
ある日、尻を叩いたその筒が砕け散った!
弟と歓喜のあまりこ踊りしたもんだ。
しかし、筒はすぐに新調されて、しかもステンレス製にグレードアップした。

生き物を殺すな。
ゴミを捨てるな。
こぼすな。
壊すな。
車に注意しろ
近くにいなさい。
静かにしなさい。
喧嘩をするな。
分け合いなさい。

といっても
釣りが趣味だった自分が今まで殺してきた生き物の数を考えると
数え切れない。
殺して初めて命の大切さがわかるのである。

壊した物の数も

人間一人を育てる為には多大な物や時間が必要であり、教育というものは効率良くできるものではないのではないだろうか。

しかし、子供を育てて初めて親の気持ちが分かると言うのは本当であり
遅まきながら、それを自分は今体験している。



お父さんは自転車乗ってないとゼロになっちゃうの?

子供4人にシャワーを浴びせることが日課となっている。
シャワーを浴びる前に自分は20分ほど固定ローラーの上で足を回す。

5才の一番上の娘が不意に聞いた。
「お父さんは自転車に乗っていないとゼロになっちゃうの?」

娘は陰でローラーに乗る父の姿を見て何かを感じたに違いない。
子供って恐ろしい。

ストレート勝負

更新が途絶えていました。チェックしてくださっていた皆さん
ごめんなさい!

家族をフランスに呼んだ。
自分には4人の子供がいる。
今まで単身赴任で過ごした1年間とは全く違ったものになりそうだ。

子供と接して感じることがある。
子供というものは感情のままに動いている。
泣きたい時に泣き、笑い、怒り、時には横取りしたり、譲ったり

動きもそうだが、感情も細かい調節ができていない。

それがだんだん大人になるにつれて、微調節ができるようになって

その内、怒っているのに笑ってみたり
計算して、流してみたり

うぶになって緊張している自分がどこか嬉しかったり
厚顔になって、
嫌いな人の前でニコニコしてみたり
お世辞を言ったり
言わなくてもいい時は黙っていたり。

細かい技を使うようになる。

そして、歳をとっていくにつれて
また、動きが大雑把になり、感情も大雑把になり

生きる方法を覚えているから、生きていけるが
この加齢で微調整ができなくなるのは非常に怖い。

いや、気付かぬ内に自分もすでに始まっていると思ってよいだろう。

動きは微調節できた方がいいが、感情はできるだけストレートに生きていきたいものだ。

大家との攻防

今年4選手が泊まった宿は立派な元鳩小屋である。
最初は親切だったが、息子が選手に酷い態度をとったり、我慢ならない事も多かった。
しかし、家がなくなるのは困る。
頼んだ事はほとんど守られず、家賃の回収だけはきっちりと約束どうりに来る大家は
プール付きの大邸宅に住みながら、お金に困っているのかも知れなかった。

我慢しながら、何と今までいい関係を保ってきたが去り際にひと悶着ありそうな予感はぷんぷんしていた。

もちろん、自分たちも完ぺきではない。
20代そこそこの選手をちゃんと指導してきたつもりではありが至らぬ点も多かったであろう。
そこは間に立って、特にはチップを払って双方のコミュニケーションに尽くしてきたつもりである。

今日はそこから荷物を引き揚げる日。
自分が出発に立ち会えなかったが2人は
一つの2段ベットをばらして置いてくれと頼んでおいたが
気を利かせて、2つともばらしてくれた。
助かる。

思ったよりもきれいに掃除されていて、大家のローランはOKを出してくれた。

気合を入れて、ルノー21に資材を詰め込む。

実は大家のローランに300ユーロのデポジットをしてあった。
全部帰ってくる事はないだろうと思っていたが
そのデポジットを返してくれと言うと
壁も塗りなおさねばならないし…
シャワーにカビもある。机も壊された。というので
この机はもともと溶接で直してあった所が折れただけだと訂正する。

じゃあ、200どうだ!とこっちがいうと向こうは150…
150で手を打つ。

今はお金がないから3日後でもいいかという彼
「今まで信頼関係を築いてきたではないか」というが、今までこっちの約束はすべて反故にされてきたので
なかなか頷けない。
いや、明後日は忙しいから明日にしてくれ
じゃあ、明日。

倉庫の鍵が締まっている。
開けてくれと言うと
息子がカギを持って行ってしまっているから明日の夜まで開けられないと言う。
それも明日の夜取りに来いという。

実はこの家はインターネットの売ります買いますコ-ナーで見つけた貸し物件。
契約書もなければ、税金も発生していない。

そして、荷物を運び出す第1陣で家をでようとすると
執拗に鍵とゲートのコマンドを置いていけと言う。
それじゃ不便だからと半ば強引に鍵は持って行った。

なんだか、不穏なにおいがする。
全てが済んでお金の支払いだけが残った時に態度が一変する匂い。

最後の荷物の運搬で行った時に次に借りる人が部屋を見に来ていた。
パリの人らしい。

その人にテレビを使えるかと聞かれたので正直に壊れていて使えない。
と答えた。

ローランが「そうだっけ?」というから、正直に
「お前に何度も直してくれって言ったじゃないか?」というと
「そんなことはない、初めて聞いた」といい恰好をする。匂いはきつくなる。

そして台所に行って
日本人が汚して帰って行ったとそのフランス人に説明するから
だから、デポジットから200ユーロとっただろ!
とこれまた正直にちょっと上乗せして言う。

これを喧嘩腰ではなくて、さらりと言うのだ。

そして、帰り際に鍵を置いていけというので
150ユーロ今日返してくれないかともう一度聞いてみた。
ダメだと言う。

鍵返す時に勝手口の鍵をこっそり抜いておいた。
ローランが気づいて
「勝手口の鍵がない」という

「あっごめん!家に忘れてきた。明日でいいか?」答える。

「いや、今取りに行けないか?」
「俺もつかれた、何回も来るのは嫌だから。明日の夜、持ってくるよ」

「今から銀行に行って150ユーロおろしてくる。1時間後だ」
「いや、倉庫の中のものも取り出したい。もう、全部1度で済ませたいんだ」

分かった、今日の7時で…

世界選手権の帰り

世界選手権に行ってきました。
ブリヂストンアンカー、梅丹チームの元選手、スタッフがずらりと集合した
今回のメンバーでは、スタッフの仲良さ(良すぎて喧嘩するぐらい)に知らない選手は戸惑ったかもしれない。
浅田さんの元、有意義な時を過ごせました。
詳しくは、雑誌で…

世界選手権が終わり、翌朝慌ただしくホテルを出発した。
17時50分、トゥールーズ発の電車に乗らねばならない。

コーディネーターのスペイン通フランス人 デュニー=ゴンザレスさんと橋川さんの3人だ。
7時間の道のりを休みもそこそこに向かったが最後は街の渋滞を避ける為に手前のミュレ駅で下してもらって
輪行袋を片手に走ってホームまで行き電車を待つ。
電車は15分遅れだ。

電車が20分遅れでやっとついいた時にトゥールーズ発の電車が洪水で欠航になったというメッセージが入った。

今夜中にマルセイユに帰らなければ、明日日本に帰る若者2人を空港に送っていけない。
そのまま、橋川さんに迎えに来てもらっても良かったが状況を把握する為にトゥールーズに向かった。

この電車が出なければ、マルセイユには今日中にはつけない。

やはり、洪水は本当だった。
切符売り場でチケットにスタンプを押してもらって明日も使える事を確認してエキップアサダの合宿所があるオートリブに向かった。懐かしい2009年に住んだ家で若い選手と話をした。。

マルセイユで待つ内山、澤地選手に今夜 帰れない事を連絡する。
大家のローランは最近、やたらといつ帰るんだ。と確認してくる。
9月30日に出るとは3か月前から言ってある。
空港に送ってくれないかと頼んでも、駅までも送ってくれない代わりに
帰る日ばかり確認してくる。
別れ際に親切になる人と現金になる人がいる。
こちらは精いっぱいの誠意をつくしているつもりだが…

なんとか、自分の代わりにフレディー監督がマルセイユのマリニャン空港まで2人を送ってくれる事になって
一安心。

しかし、明日は妻が一人でフランスビザ取得の為に東京に行く日だ。
夜遅くネットで書類の最終チェックをする。
ミスがあってはならない…

翌朝、ネットで確認すると電車は夕方の16時までないということだった。

朝5時に起きてに橋川さんとエキップアサダの若い選手をブライニャック空港におくる。

本当ならこの時間にマルセイユ空港に行っている筈なのだが人生は分からないものだ。

そして、日本代表選手をマドリッド空港に送った後、徹夜でマドリッドから運転してきた穴田マッサージャーが朝10時についたので
スーパーに買い出しに行き朝食兼昼食をとる。

そして、ふいに思い立って
今日の電車の席を予約しに近くのオートリブ駅に行った。

小さい駅はすいている。
多分足止めになった人は多いから、座席に座れない事も考えて予約に行った。
14時00分 窓口は閉まっている。
中に人の気配がするのでノックすると駅員が出てきて14時45分に来いという。

14時45分に行くとおばさんが
「この駅は小さすぎて席の確保ができない。トゥールーズでやって頂戴という。
自分としてはグッドアイディアだったが…まあ、こんなもんである。

洪水は解消されたようで、発車時刻ギリギリに座席も確保せずに電車に乗り込んだ。

エールフランスのストに翻弄され、疲れきってトゥールーズに帰ってくるであろう浅田監督には会えなかった。
エールフランスのストが解消した今日はフランス中の薬局がストをやっている。

車掌に聞くと
座席の確保はできないからどこでも座って人が来たら除ければいいとのこと。
最初は自転車置き場の補助席に座っていたが、近くの個室の席が空いているのでもしかしたら1等席だったかもしれないが座っていた。
結局誰も来なかった。

__

ヨーロッパの電車の旅はなかなか思うようにはいかないが結構若い人も多くていいものだ。
この電車はどこ行きか?とか若い人に逆に聞かれたり
軽い言葉を交わしながらマルセイユについた。
15年ほどになるがいつも車ばっかりだったので新鮮である。

マルセイユの乗り換えて自分の住むオバーニュについた。
雨の中、武田鉄矢のポットキャストを聞きながら、自転車を抱えて結構ルンルン気分で家まで2km弱歩いて帰った。
ヨーロッパとはこういう所だと受け入らなければいけない事もある。
写真はサンシャルル(マルセイユ)駅
image

キャろン トろワ !(フランス語で43)

どんどん歳をとっていく。
歳をとればとるほど、分からない事が増えていくのはどういうことだろう。
疑問も増えるが分からない事も増える。
分かっていたつもりであった事に気がついて、それについて調べるが
本当の真実は何かと考えると迷宮入りをしてしまって

人生は短すぎる。

分かったつもりでやっていた頃の方がうまくいっていたかもしれない。

考えすぎるとよくないから、物事はどんどんシンプルにする方向に持って行こうと言う事で
最近、物事の整理に追われているが
整理している片っ端から興味がわく事が入ってくるので一向に減らない。

ラポムチームの運営はなかなか素晴らしいのは、予定やスケジュール管理がしっかりなされている点だ。

ここだけの話だが、もう来季戦力外の選手はすでに通告されている。
ヨーロッパで生き残るのは大変だ。

自分もチームのUCIのページで何故か一番上の監督として登録されているからか
選手から問い合わせがよく来る。

今の世の中、よっぽど実力がない限りスポンサーなどを持ってこないと
チームには入れないのが実情だ。

知り合いから頼まれてそれを断るのはつらい。
チームが見つからなければ引退という道をとらざるえないが、まだモチベーションにあふれている。

ただ、そういう選手に限って、今所属するチームの事をよくは言わない。
チームにも貢献できていない事を棚に上げて、今年はチームが悪くて成績を上げられなかったと言う。

そういう選手は毎年のようにチームを変えるしかない。

逆に残れたり、上にあがれる選手は環境に対して文句を言わずに、黙々と成績を上げる。

自分は今までのキャリアの中でチームが悪くて成績を上げられなかったと思ったことはなかった。
小さいチームにいれば、自分の為に走るチャンスが増えるし、大きなチームにいれば自分に勝つ力がなくても
チームで勝てる。

いい所ばかりに目を向けて選手時代はそれで良かった。
監督となると逆だ。
白髪が増える~

逆恨み

先日、若い選手の三連戦の最終日の事である。
前日の澤地選手の2位は久々に自分の予想を上回る成績であったので、俄然やる気が出て
レースの準備の足取りも軽い。

レースは18時スタート。4時半には行く予定であったが、プロチームから、CKTに送られてきた物を取りに行くように頼まれた。
用事を済まし、チームカー届けた帰りに自分はチームベースからアパートまでの帰路をロードで急いでいた。
スタートにぎりぎり間に合えば選手に助言を与えられる。

際どかった。
選手には自走で行けと言ってある
会場は自転車でも15分ほどなので、家に帰ってクーラーボックスとスペアホイールを取りに帰るか?
それとも、このままロードで走って行って、自分のホイールと自転車についている2本のボトルで補給をするか?

この日アパートの前から駅までの1kmほどを結ぶ(全長も4kmほどしかない)路面電車が開通した。
家の前の区間は路面電車の線路の上を走らねばならず、しかも、丁寧に段差のある中央分離帯を作ったので
後ろから車が来ると抜かれるのがストレスだ。

後ろの車に気を使いながら、結構踏んでいた。
そして、家の前に曲がるときに角度をつけて、ひょいっと重心を移動したその時に
前輪が線路の上で見事に滑ったのである。

何も考える暇はなかった。
路面にたたきつけられて、頭を打つ。
ヘルメットをガツンと打った音。

「情けないが、ここでは自分がプロであった事を知る人はいない」

素早く起き上がり、道の脇に移動したが驚いたのは後続の車を運転していた娘さんである。
「半分パニックになりながら 大丈夫ですか?」と聞いてくる。
「大丈夫!自分の失敗だから」と言いながら曲がったブラケットを元に戻してチェーンをかけて

見ていた、ランニングのおじさんが
この線路、ほんとに危ないんだよな。こんなものいらないのに…随分話しかけてくる。
それに応えながら、スタ-トに遅れるかもしれないがしっかりシャワーで体を洗おうと考えていた。

傷は腕と腰のいつものところに擦過傷だが幸い満遍なくすれていて、うまい具合に転んでいる。

落車はおそらく、去年の4月 イタリアのトスカーナで転んで以来であろう。

自分が転ぶのもいやだが、見るのも同じくらいいやだ。
映像で選手の落車する瞬間を見た途端に自分が乗り移る。
あの、ふわっとした感覚 衝撃。
その瞬間、選手はぼやけた戦闘モードの脳みそで現状を把握するのだ。

若い時はすぐに立ち上がって自転車に乗ることしか考えなかった。
後半になるにつれて、クールでしかも、消沈ながら立ち上がるようになった。

自分の場合は2日間ほどは、首が痛く。夜は布団に吸い込まれるように眠った。
そして、体は回復してきて、もう大丈夫だ。

そういえば、軽く血を流しながら会場に行ってボトルを渡していたら
転んでリタイヤした選手と間違われた。

そのレースは登りと下りしかない第2カテゴリーレースだったが金子が10位。澤地が12位。雅貴が14位であった。

この街に新しく開通した路面電車!
開通を祝う心から、こ憎い存在に変わってしまった。

先日、車と衝突して記事になっていた。
水木しげるもどきのデザインの電車!

人の恨みはどこで買うか分からない。

tram_18

保養

自転車にのって1時間後は海の中!

マルセイユはフランスの中では天気がいいですね。
今年は散々、北ヨーロッパが悪天候の中こちらは天気がいいのです。
昨日は気温が上がったので、明後日からレースなので、選手は誘わず自転車に乗ってカシスまで行ってきました。

車で行くと駐車場を見つけるのに苦労するのですが自転車なら浜辺までダイレクト。
浜辺に通じるトンネルの中に自転車を置いて、水着の姉ちゃんをかき分けて浜辺に行きます。

もちろん、トップレスの姉ちゃんなんかには脇目も振りません!

自転車の恰好でそこに行くと周りは少しざわつきます。
そこで、おもむろにシュノーケルと水中メガネを背中から抜き出し、
ジャージを脱ぎ棄てて、レーパンをまくって海に突入するのです。
自転車から降りて1分後には海の中、俺ってかっこいいと自分に酔いながら

冷たい。

最近、夜は肌寒いくらいだったので水温が低い。
あまりの冷たさに脚の感覚がなくなってきます。
勢いで沖に向かいましたがあまりの冷たさにさりげなくUターン。

ここまで来て、これかよ自分に突っ込みながら

しかし、岸辺に戻る頃には寒さに体が馴染んできたのでもう一度Uターン。

魚の群れに交じって泳いでいると心も体もリフレッシュできるのが分かります。

やはり、マルセイユにいるんだから、ここを楽しまないと!

しばらく泳いで浜に上がり、レーパンが乾くまで日光浴をしてから帰ってきました。

薄情な世の中

最近はマルセイユにいても多忙な日々を送っている。

仕事がたまっている。
アマチュア選手のレース探しでフランスの県地図を印刷しようとしたがうまくいかない。
ノルマンディーの出発する朝もうまく作動しなかったプリンター。
午前中からドライブをインストールしたり、悪戦苦闘をした。
紙をうまく飲みん込んでくれない。

リモートサービスは有料だ。
最近は何でもそうだ。

めんどくさい電話に応えたくないのは分かるが、オペレーターと話をしにくいシステムになっている。
電電公社が電話帳で調べてくれた日々が懐かしい。

世の中はどんどん便利になってきているが、こうやって人を使わない方向、人間味のない方向に
流れていく、この先はどこに続いているのだろうか。

その点、今の自分の生活はすべてマニュアルだ。

若い選手にレースを探す方法を教えて、自分で決めさせようと思っている。

今の若い選手の滞在先は元鳩小屋だ。
その豪華な鳩小屋に3人生活している訳だが、鳩小屋にはプールもついていて
彼らはそこで泳ぐのが日課になっている。

ただ、大家の息子の性格がちょっと曲がっていて、昨日はプールの電気を壊したと言いがかりをつけられて
選手達はプールの利用を禁止されたらしい。

あまりにも理不尽なので、彼らはその後、もう一度彼を尋ねて誤解を解こうとした。

連日、フランス語を教えた甲斐があったと言うものだ。

結局、誤解は解けなかったようで、自分が大家のローランに電話してプールは使える事になったが
私は彼らが、まずは自分たちで解決しようとした事を評価したい。

世の中にはいろんな人間がいる。
相手がどうであれ、若いうちに自分が周囲の人に受けいられる人間になっておくことが大事だと思う。

世の中には騙そうとする人間もいる。
下手に出ればつきあがる人間もいる。
逆に下手に出てきて、ひょいっと裏切る人間もいる。

この世の中で自分の夢に近づく為には、少々損をしても、利用されても、嫌な思いをしても
その中から、将来の為に学べることは学んで、得るものは得るしたたかさも必要だと思う。
そして、義理と人情は失いたくない。

自転車レースはそういった事も自分に教えてくれた。

ビジネスライクな、太いものには巻かれろ的な世の中ではあるが
そういった世の中もうまく渡っていく順応能力を身につけたいものだ。

夕方になって、遂に自分はドライバーを持ってプリンターの分解を試みた。
しかし、なんだかヤバそうなのですぐにやめて元に戻して、もう一度原因を確かめようと
懐中電灯で給紙口を覗き込むと何かが見える。

__


何回、買い替えようかと思ったか分からないが
そのうち、このプリンターにも愛着がわくのであろうか?

薄情な世の中

最近はマルセイユにいても多忙な日々を送っている。

仕事がたまっている。
アマチュア選手のレース探しでフランスの県地図を印刷しようとしたがうまくいかない。
ノルマンディーの出発する朝もうまく作動しなかったプリンター。
午前中からドライブをインストールしたり、悪戦苦闘をした。
紙をうまく飲みん込んでくれない。

リモートサービスは有料だ。
最近は何でもそうだ。

めんどくさい電話に応えたくないのは分かるが、オペレーターと話をしにくいシステムになっている。
電電公社が電話帳で調べてくれた日々が懐かしい。

世の中はどんどん便利になってきているが、こうやって人を使わない方向、人間味のない方向に
流れていく、この先はどこに続いているのだろうか。

その点、今の自分の生活はすべてマニュアルだ。

若い選手にレースを探す方法を教えて、自分で決めさせようと思っている。

今の若い選手の滞在先は元鳩小屋だ。
その豪華な鳩小屋に3人生活している訳だが、鳩小屋にはプールもついていて
彼らはそこで泳ぐのが日課になっている。

ただ、大家の息子の性格がちょっと曲がっていて、昨日はプールの電気を壊したと言いがかりをつけられて
選手達はプールの利用を禁止されたらしい。

あまりにも理不尽なので、彼らはその後、もう一度彼を尋ねて誤解を解こうとした。

連日、フランス語を教えた甲斐があったと言うものだ。

結局、誤解は解けなかったようで、自分が大家のローランに電話してプールは使える事になったが
私は彼らが、まずは自分たちで解決しようとした事を評価したい。

世の中にはいろんな人間がいる。
相手がどうであれ、若いうちに自分が周囲の人に受けいられる人間になっておくことが大事だと思う。

世の中には騙そうとする人間もいる。
下手に出ればつきあがる人間もいる。
逆に下手に出てきて、ひょいっと裏切る人間もいる。

この世の中で自分の夢に近づく為には、少々損をしても、利用されても、嫌な思いをしても
その中から、将来の為に学べることは学んで、得るものは得るしたたかさも必要だと思う。
そして、義理と人情は失いたくない。

自転車レースはそういった事も自分に教えてくれた。

ビジネスライクな、太いものには巻かれろ的な世の中ではあるが
そういった世の中もうまく渡っていく順応能力を身につけたいものだ。

夕方になって、遂に自分はドライバーを持ってプリンターの分解を試みた。
しかし、なんだかヤバそうなのですぐにやめて元に戻して、もう一度原因を確かめようと
懐中電灯で給紙口を覗き込むと何かが見える。

__


何回、買い替えようかと思ったか分からないが
そのうち、このプリンターにも愛着がわくのであろうか?

いろいろあってもその上で好きになると言うのは

ノルマンディーに来ている。
自分の恩師、フランクモレールの50回目の誕生日に娘のアナイスに呼ばれたのは4月ごろだった。
ちょうど、予定が開いていたので「行くよ!」と答えた。
同じフランスといえどもマルセイユからノルマンディーは遠い。
朝7時オバーニュの駅まで歩いて、そこからマルセイユ駅に行き、そこからTGVでディズニーランドがあるマルネバレーまで行く。
マルネバレーからはバスを使ってシャルルドゴール、クレイユ、ボベ、そして、農家の近くのアバンコーの駅に着いたのは夜の8時だった。

その日に農家に行く事は伝えていたが、何時に行くとは伝えていなかった。
当日電話の中で電話をしてみたが、農家のおばさんもニックは出ない。

先日電話した時は機嫌が良かったが、昨日電話しなかった事が悪かったか?

いないのか、怒って電話に出ないのか分からないので孫のジュスティンヌにメッセージを送って
モニックいる?
って聞いてみたら

2日前にモニックの娘のソフィーが犬の散歩中に転んで腕を骨折したので病院にっていると言う話だった。
おもわず、モニックが怒って電話をとらなかった訳でない事にほっとして
「それなら安心だ」と言いそうになって言葉を飲み込む。
この前行った時はモニックが腕を折っていたし、今年はついていない。

ボベからはバスの運ちゃんと世間話をしながらアバンコーについた。

このバスに乗るのは初めてだ。
昔、ゆきやにパリに一人探検に行かせて、幸也が帰ってきたのがこのバスだった事を思い出しながらのった。

農家について、モニックとジョンピエールと孫のナタンと夕食!

今年はポケットWIFIを買ったので農家でもインターネットができる。

翌日、ソフィーの見舞いを孫のジュスティンヌと行った。
僕が来た時に5歳位だったジュスティンヌもすでに22歳。
車をぶっ飛ばす!

ソフィーは思ったよりも元気だったので一安心。

夕方、7時から始まるフランクのパーティーに行った。

フランクには内緒のこのパーティー
昨年、幸也のはからいで、自分の最終レースジャパンカップに来てくれたのも自分へのサプライズだった。今回はフランクへのお返しだ。

娘のはからいで鉢巻きを巻かれて入ってきたフランクは皆を見て涙腺が緩んでいた。

そこにいる、フランクの家族、親戚、友人ほとんどが自分とも面識があり
また、小さかった子供が自分よりも大きくなっていたりと感慨深いものだった。
敢えて、フランスに来た自分を彼が彼の大切な人ほぼ全員に紹介してくれていたことが分かった。

夜7時に始まったパーティーはそう簡単には終わらない。
朝2時を過ぎて、自分のダンスも力を失ってきた。

フランクの前の奥さんと今の彼女が仲良く話をしているところがフランスらしいところだ。

フランクのおねいさま方は巨体を揺すりながら激しく踊り狂っている。
ノジョンの監督のアランご夫妻に帰る時に農家にのせていってもらえないかと頼んだら
快諾してくれた。

うちのソファーで寝てもいいよ。とエルベが行ってくれたのだが
明日の午前中に銀行に行く用事があるので帰らなくてはいけない。

3時には自分の家(自分の家のうよな農家)で眠りにつけた。

それにしても、暖かいパーティーだった。

思い出を共有する友人たちの集まりは今や同窓会のようなもので
そこでも康司や幸也の話もたくさん出る。

皆、歳をとったり、大きくなったりしているが

翌日、銀行にいったら例外的に閉まっていた。
土曜の午前中は空いているはずなのだが…
月曜も閉まっているので、自分が行けるチャンスはなくなった。

そして、フランクの家に寄ったら、泊まるところがなくてフランクの家に泊まった人たちがコーヒーを飲んでいた。
朝の6時に寝て、11時には起きていた。

これから、11時間運転しいてアルプスに帰ると言う人もいた。

マルセイユで新しい人間関係に翻弄されている時に、このような場に来るとホッとする。

今日は朝昼晩と農家で地野菜、農家の鶏、豚肉、豚のソーセージを頂いた。

自分にとって、里帰りは癒しなのかもしれない。

農家の家族も多くのハプニングを乗り越えて今がある。
ここにかけない事、家族ないでも内緒にされている事が耳に入ってくることもあるし
なかなか、すさまじい。
小説を書く能力があったらこの内容を小説に出来そうなものだ。

それを乗り越えて、一つの形になっている。
それに対して、みなさばさばしている。

自分もそのいざこざの中に入れてもらった事もある。
しかし、こうやって突然訪れても大事にしてくれる事に感謝したい。

この農家は自分にとってフランスで一番落ち着くところである。
雨が降るとか、犬が吠えるとかと言う事を含めて好きなのである。

しかし、長続きする関係といったものはそういったものだろう。

短所を含めて好きになる。許す、許される。
暖かい感情に浸れたノルマンディー訪問でした。
__ 3

いろいろあってもその上で好きになると言うのは

ノルマンディーに来ている。
自分の恩師、フランクモレールの50回目の誕生日に娘のアナイスに呼ばれたのは4月ごろだった。
ちょうど、予定が開いていたので「行くよ!」と答えた。
同じフランスといえどもマルセイユからノルマンディーは遠い。
朝7時オバーニュの駅まで歩いて、そこからマルセイユ駅に行き、そこからTGVでディズニーランドがあるマルネバレーまで行く。
マルネバレーからはバスを使ってシャルルドゴール、クレイユ、ボベ、そして、農家の近くのアバンコーの駅に着いたのは夜の8時だった。

その日に農家に行く事は伝えていたが、何時に行くとは伝えていなかった。
当日電話の中で電話をしてみたが、農家のおばさんもニックは出ない。

先日電話した時は機嫌が良かったが、昨日電話しなかった事が悪かったか?

いないのか、怒って電話に出ないのか分からないので孫のジュスティンヌにメッセージを送って
モニックいる?
って聞いてみたら

2日前にモニックの娘のソフィーが犬の散歩中に転んで腕を骨折したので病院にっていると言う話だった。
おもわず、モニックが怒って電話をとらなかった訳でない事にほっとして
「それなら安心だ」と言いそうになって言葉を飲み込む。
この前行った時はモニックが腕を折っていたし、今年はついていない。

ボベからはバスの運ちゃんと世間話をしながらアバンコーについた。

このバスに乗るのは初めてだ。
昔、ゆきやにパリに一人探検に行かせて、幸也が帰ってきたのがこのバスだった事を思い出しながらのった。

農家について、モニックとジョンピエールと孫のナタンと夕食!

今年はポケットWIFIを買ったので農家でもインターネットができる。

翌日、ソフィーの見舞いを孫のジュスティンヌと行った。
僕が来た時に5歳位だったジュスティンヌもすでに22歳。
車をぶっ飛ばす!

ソフィーは思ったよりも元気だったので一安心。

夕方、7時から始まるフランクのパーティーに行った。

フランクには内緒のこのパーティー
昨年、幸也のはからいで、自分の最終レースジャパンカップに来てくれたのも自分へのサプライズだった。今回はフランクへのお返しだ。

娘のはからいで鉢巻きを巻かれて入ってきたフランクは皆を見て涙腺が緩んでいた。

そこにいる、フランクの家族、親戚、友人ほとんどが自分とも面識があり
また、小さかった子供が自分よりも大きくなっていたりと感慨深いものだった。
敢えて、フランスに来た自分を彼が彼の大切な人ほぼ全員に紹介してくれていたことが分かった。

夜7時に始まったパーティーはそう簡単には終わらない。
朝2時を過ぎて、自分のダンスも力を失ってきた。

フランクの前の奥さんと今の彼女が仲良く話をしているところがフランスらしいところだ。

フランクのおねいさま方は巨体を揺すりながら激しく踊り狂っている。
ノジョンの監督のアランご夫妻に帰る時に農家にのせていってもらえないかと頼んだら
快諾してくれた。

うちのソファーで寝てもいいよ。とエルベが行ってくれたのだが
明日の午前中に銀行に行く用事があるので帰らなくてはいけない。

3時には自分の家(自分の家のうよな農家)で眠りにつけた。

それにしても、暖かいパーティーだった。

思い出を共有する友人たちの集まりは今や同窓会のようなもので
そこでも康司や幸也の話もたくさん出る。

皆、歳をとったり、大きくなったりしているが

翌日、銀行にいったら例外的に閉まっていた。
土曜の午前中は空いているはずなのだが…
月曜も閉まっているので、自分が行けるチャンスはなくなった。

そして、フランクの家に寄ったら、泊まるところがなくてフランクの家に泊まった人たちがコーヒーを飲んでいた。
朝の6時に寝て、11時には起きていた。

これから、11時間運転しいてアルプスに帰ると言う人もいた。

マルセイユで新しい人間関係に翻弄されている時に、このような場に来るとホッとする。

今日は朝昼晩と農家で地野菜、農家の鶏、豚肉、豚のソーセージを頂いた。

自分にとって、里帰りは癒しなのかもしれない。

農家の家族も多くのハプニングを乗り越えて今がある。
ここにかけない事、家族ないでも内緒にされている事が耳に入ってくることもあるし
なかなか、すさまじい。
小説を書く能力があったらこの内容を小説に出来そうなものだ。

それを乗り越えて、一つの形になっている。
それに対して、みなさばさばしている。

自分もそのいざこざの中に入れてもらった事もある。
しかし、こうやって突然訪れても大事にしてくれる事に感謝したい。

この農家は自分にとってフランスで一番落ち着くところである。
雨が降るとか、犬が吠えるとかと言う事を含めて好きなのである。

しかし、長続きする関係といったものはそういったものだろう。

短所を含めて好きになる。許す、許される。
暖かい感情に浸れたノルマンディー訪問でした。
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2020年に向けて やる事が見えてきた

スコットランド グラスゴーに八日間の研修に行ってきました。
グローバルコーチングハウス。
同じスポーツ海外指導者研修を受ける仲間たちと過ごした日々はとても糧となる日々でした。
いままで、ヨーロッパの環境で悪戦苦闘してきたメンバーが一堂に会すると、盛り上がる盛り上がる♪

ブリティッシュ英語の研修を八日間、9時から15時過ぎまで受けたのですが、終わってから仲間の手を借りて理解した時のすっきり感というか…
自分じゃ出来なかった事が、相談することで解決する日々。

そして、それを今の日本の自転車界に照らし合わせた時に問題山積。
イングランドは20年前はメダルがなかったものをシステマティックに計画的に作り上げここまで来た。

そして、今ヨーロッパにいる自分がすべきことが明確に分かってきました。

全力で走りだしたいところだが、今のフランスはバカンス。

オフィスも閉まって、コーチもいません。
明日からコーチの代わりにジュニアの監督をしてきます。

焦ってもしょうがない。

でも、いい物を作り上げたい。
自転車選手気分が抜けなかった自分ですが、少し時間はかかりましたがやる事が見えてきました。

2020年に向けて やる事が見えてきた

スコットランド グラスゴーに八日間の研修に行ってきました。
グローバルコーチングハウス。
同じスポーツ海外指導者研修を受ける仲間たちと過ごした日々はとても糧となる日々でした。
いままで、ヨーロッパの環境で悪戦苦闘してきたメンバーが一堂に会すると、盛り上がる盛り上がる♪

ブリティッシュ英語の研修を八日間、9時から15時過ぎまで受けたのですが、終わってから仲間の手を借りて理解した時のすっきり感というか…
自分じゃ出来なかった事が、相談することで解決する日々。

そして、それを今の日本の自転車界に照らし合わせた時に問題山積。
イングランドは20年前はメダルがなかったものをシステマティックに計画的に作り上げここまで来た。

そして、今ヨーロッパにいる自分がすべきことが明確に分かってきました。

全力で走りだしたいところだが、今のフランスはバカンス。

オフィスも閉まって、コーチもいません。
明日からコーチの代わりにジュニアの監督をしてきます。

焦ってもしょうがない。

でも、いい物を作り上げたい。
自転車選手気分が抜けなかった自分ですが、少し時間はかかりましたがやる事が見えてきました。

凶と出た!

今日はオバーニュで久々にゆっくりした。
車の事が前から気になっていたのでルノーへ行って、直してくれと言ったら
これは古すぎるからもうしないと言う事。
小さなガレージに行ってくれと言う。
いくらかと聞いたら
「ガレージによって違う」と正直に答えてくれた。

フランスはコネ社会、一元さんはぼったくられる。
特に車の修理工は人を見る。

そういうのを避けるために正規のルノーに行ったのに

エンジンの修理はしない、ナロトに行き、最近異音を立て始めた車のベアリングの交換が一本につき130€。
とりあえず、ごねはじめた左の後輪だけを換えてもらう予約を土曜日に入れる。

明日はワイパー交換中に不良の事故で割れたフロントガラスの交換にフロントガラス屋に行かなくてはならない。
何という、便利な国なんだろうここは…

ガソリンフィルターは自分でカーピエスに行って注文した。
明日の朝取りに行かないといけない。

フランスでは自分で車を直す人が多かったがその気持ちがよく分かる。

ただ、それが許されるのも古い車だけ。

そして、その古い車を大きな修理工場は見放している。

とことんさからってやろうじゃねーか!

と、今日の本題のツール。

テレビをつけると、10分差で残り50km。
逃げ切り濃厚の逃げ集団には幸也以外のユーロップカーの選手が3人。

幸也の気持ちが伝わってくる。

最後はひそかにトーマの応援をしていたが今日の最後残った3人は皆知り合いだった。

マイケルロジャースはニューカレドニアで一緒に走ってから、良く話すし
セルパはランカウィの常連だ。
そしてトーマは康司の友達だったが、強くなってから態度が変わったと康司が怒っていたが
幸也もお世話いなっている。

トーマとゴチエがアタックしてセルパに執拗に追われた時に
なんとなく、大人しく牽いているロジャースのアタックが決まる気がした。

セルパはトーマをマークしている。
トーマ、セルパとのスプリントになるとロジャースは不利だ。

そして、トーマは勝ちたい気持ちを全面に出してしまった今
ロジャースがアタックした時にセルパはトーマを見るだろう。

そして、ロジャースが絶妙なタイミングでアタック。
勝負あり。

なかなか、見ごたえがあるステージだった。

ピノーの下りに冷や冷やしたが…

凶と出た!

今日はオバーニュで久々にゆっくりした。
車の事が前から気になっていたのでルノーへ行って、直してくれと言ったら
これは古すぎるからもうしないと言う事。
小さなガレージに行ってくれと言う。
いくらかと聞いたら
「ガレージによって違う」と正直に答えてくれた。

フランスはコネ社会、一元さんはぼったくられる。
特に車の修理工は人を見る。

そういうのを避けるために正規のルノーに行ったのに

エンジンの修理はしない、ナロトに行き、最近異音を立て始めた車のベアリングの交換が一本につき130€。
とりあえず、ごねはじめた左の後輪だけを換えてもらう予約を土曜日に入れる。

明日はワイパー交換中に不良の事故で割れたフロントガラスの交換にフロントガラス屋に行かなくてはならない。
何という、便利な国なんだろうここは…

ガソリンフィルターは自分でカーピエスに行って注文した。
明日の朝取りに行かないといけない。

フランスでは自分で車を直す人が多かったがその気持ちがよく分かる。

ただ、それが許されるのも古い車だけ。

そして、その古い車を大きな修理工場は見放している。

とことんさからってやろうじゃねーか!

と、今日の本題のツール。

テレビをつけると、10分差で残り50km。
逃げ切り濃厚の逃げ集団には幸也以外のユーロップカーの選手が3人。

幸也の気持ちが伝わってくる。

最後はひそかにトーマの応援をしていたが今日の最後残った3人は皆知り合いだった。

マイケルロジャースはニューカレドニアで一緒に走ってから、良く話すし
セルパはランカウィの常連だ。
そしてトーマは康司の友達だったが、強くなってから態度が変わったと康司が怒っていたが
幸也もお世話いなっている。

トーマとゴチエがアタックしてセルパに執拗に追われた時に
なんとなく、大人しく牽いているロジャースのアタックが決まる気がした。

セルパはトーマをマークしている。
トーマ、セルパとのスプリントになるとロジャースは不利だ。

そして、トーマは勝ちたい気持ちを全面に出してしまった今
ロジャースがアタックした時にセルパはトーマを見るだろう。

そして、ロジャースが絶妙なタイミングでアタック。
勝負あり。

なかなか、見ごたえがあるステージだった。

ピノーの下りに冷や冷やしたが…

パリまで無事ゴールしてくれればそれでいい

昨日のゴールNIMEまでツールに行くと言うよりも幸也に会いに行った。
マルセイユから100kmちょっとなので一番近づく。

生憎の天気で会場に近づくころには雨雲から前方から迫ってきた。
会場までは歩いて行ったがゴール2時間前でも残り1kmで人がまばら。

イギリスで見た時よりもかなり観戦しやすい。

途中でメコンと書いたアジア惣菜屋があったので入ったら中でやっていたのは
ルアンプラバン出身のラオス人。

生春巻きを食べながらラオスの話題で盛り上がった。
イギリスではバスの脇にはパスがないと入れなかったが

こちらでは解放してありユーロップカーのバスは側面でテレビを流すサービスをしている。

ゴールはテレビで観戦しながら幸也を待つ。

ここまで来てテレビ観戦かよ。と思う人もいるかもしれないがテレビが一番見えておもしろい。

ジョンルネに挨拶したらバスの中に招待された。

同伴した金子選手と伊藤選手には悪いが中で見させてもらった。

幸也と話してから帰路についたが若い選手はなかなか興奮していた。

久々に日本の記者のインタビューを受けた。
幸也にかける言葉はと言われて出てきた言葉は
「パリまで無事ゴールしてくれればそれでいいです」
いや、これは正直な気持ちだ。

さあ、今日は総合を最終日に3位まで落としてしまったがステージ優勝もしたトーマ・ヴォボーゼックス一行がチンハイレイクから帰ってくるのをニース空港(結構遠い)に迎えに行って
夜は9時半から若者のクリテ!

アジアで走っていた数年と比べて、フランスの自転車界にどっぷりつかった生活は、こちらの世界の情報もどんどん入ってきて面白い。

フランス人もツールで総合上位に入るようになってきたし、学ぶことも多い。

来週はスコットランドに研修に行ってまいります。



パリまで無事ゴールしてくれればそれでいい

昨日のゴールNIMEまでツールに行くと言うよりも幸也に会いに行った。
マルセイユから100kmちょっとなので一番近づく。

生憎の天気で会場に近づくころには雨雲から前方から迫ってきた。
会場までは歩いて行ったがゴール2時間前でも残り1kmで人がまばら。

イギリスで見た時よりもかなり観戦しやすい。

途中でメコンと書いたアジア惣菜屋があったので入ったら中でやっていたのは
ルアンプラバン出身のラオス人。

生春巻きを食べながらラオスの話題で盛り上がった。
イギリスではバスの脇にはパスがないと入れなかったが

こちらでは解放してありユーロップカーのバスは側面でテレビを流すサービスをしている。

ゴールはテレビで観戦しながら幸也を待つ。

ここまで来てテレビ観戦かよ。と思う人もいるかもしれないがテレビが一番見えておもしろい。

ジョンルネに挨拶したらバスの中に招待された。

同伴した金子選手と伊藤選手には悪いが中で見させてもらった。

幸也と話してから帰路についたが若い選手はなかなか興奮していた。

久々に日本の記者のインタビューを受けた。
幸也にかける言葉はと言われて出てきた言葉は
「パリまで無事ゴールしてくれればそれでいいです」
いや、これは正直な気持ちだ。

さあ、今日は総合を最終日に3位まで落としてしまったがステージ優勝もしたトーマ・ヴォボーゼックス一行がチンハイレイクから帰ってくるのをニース空港(結構遠い)に迎えに行って
夜は9時半から若者のクリテ!

アジアで走っていた数年と比べて、フランスの自転車界にどっぷりつかった生活は、こちらの世界の情報もどんどん入ってきて面白い。

フランス人もツールで総合上位に入るようになってきたし、学ぶことも多い。

来週はスコットランドに研修に行ってまいります。



お高くとまるところがない

自分とツールドフランス
自転車を始めた時から憧れてきた。
しかし、今は憧れの気持ちだけではない複雑なものがある。

先日、イギリスに行きツールドフランスを見てきた。
幸也に借りたIDでビラージュの中に入ってコーヒーをもらったりサンドイッチを食べたり。

ただ、自分の立場としては非常に微妙で心から楽しめたかと言えばそうとも言えない。

自分はまがいなりにもフランスのプロチームの監督である。
キャラバンからお菓子を投げられて拾っている場合ではない。

だからと言って、お高くとまるにしても
とまるお高いところがない。

ただ、レースにこんなに気楽に向かったのは久しぶりではあるが、やはり関わっていないとどこか物足りないのも事実である。
ツールのオーガナイザーは
「ソシエテ・ド・ツールドフランス」である。
今となっては中で働いている人に数知り合いもいる。

数年前に社長が来て言った。
「日本でグランデパーすることも考えている」と
そんなの無理に決まっている。
いくらビジネス主義だからと言って、選手のコンディションや移動の事をを無視してそんな事をすれば
ツールの格を落とす。
だいたい、時差が7時間もあるところからグランデパーをすることが不可能な事を一番知っているはずの社長が
そういう事を言うのである。

そして、去年の埼玉クリテで日本人選手に対する扱いがヨーロッパ選手とあまりに違う事に
腹が立ってから、印象が悪いのは決定的になった。

俺たちはタダ(ギャラがない)でも走らせてもらう事に感謝しなくてはならないのか?

ソシエテはビジネス主義でお金があるところに動く。

そのソシエテから自分は全く相手にされていない。

当然である。

悔しいかな、自分のあこがれのレースから選手の時も含めて全く相手にされていないのであるが
こっちもソシエテにゴマをするのは癪なのである。

今、アルプスの合宿をしている。
決して恵まれていない我がチームであるが、選手の一人は去年までソジャソンでツールを走っていた。
今は練習の後は合宿所の前で自分とペタンクをして遊んでいるのである。

今日はトニーガロパンが勝った。
彼はガロパンとコフィディスでチームメイトでツールも一回一緒に走ったそうだ。
「いい奴だった」と言っていた。

どこの世界も同じだと思うが、入れ替わりは激しいのである。
1回、参加する事も大変だが、参加し続けるのも大変だ。
そして、参加し続けてツールを支えてきても一瞬にして「犯罪者」として追放されたりもする。

この世は本当に儚いもので、その儚さを全ての生き物は受け入れなくてはならない。

永遠には続かないツールにゴマをするつもりはないが、何とかツールから一目置かれる存在になりたいものだ。

お高くとまるところがない

自分とツールドフランス
自転車を始めた時から憧れてきた。
しかし、今は憧れの気持ちだけではない複雑なものがある。

先日、イギリスに行きツールドフランスを見てきた。
幸也に借りたIDでビラージュの中に入ってコーヒーをもらったりサンドイッチを食べたり。

ただ、自分の立場としては非常に微妙で心から楽しめたかと言えばそうとも言えない。

自分はまがいなりにもフランスのプロチームの監督である。
キャラバンからお菓子を投げられて拾っている場合ではない。

だからと言って、お高くとまるにしても
とまるお高いところがない。

ただ、レースにこんなに気楽に向かったのは久しぶりではあるが、やはり関わっていないとどこか物足りないのも事実である。
ツールのオーガナイザーは
「ソシエテ・ド・ツールドフランス」である。
今となっては中で働いている人に数知り合いもいる。

数年前に社長が来て言った。
「日本でグランデパーすることも考えている」と
そんなの無理に決まっている。
いくらビジネス主義だからと言って、選手のコンディションや移動の事をを無視してそんな事をすれば
ツールの格を落とす。
だいたい、時差が7時間もあるところからグランデパーをすることが不可能な事を一番知っているはずの社長が
そういう事を言うのである。

そして、去年の埼玉クリテで日本人選手に対する扱いがヨーロッパ選手とあまりに違う事に
腹が立ってから、印象が悪いのは決定的になった。

俺たちはタダ(ギャラがない)でも走らせてもらう事に感謝しなくてはならないのか?

ソシエテはビジネス主義でお金があるところに動く。

そのソシエテから自分は全く相手にされていない。

当然である。

悔しいかな、自分のあこがれのレースから選手の時も含めて全く相手にされていないのであるが
こっちもソシエテにゴマをするのは癪なのである。

今、アルプスの合宿をしている。
決して恵まれていない我がチームであるが、選手の一人は去年までソジャソンでツールを走っていた。
今は練習の後は合宿所の前で自分とペタンクをして遊んでいるのである。

今日はトニーガロパンが勝った。
彼はガロパンとコフィディスでチームメイトでツールも一回一緒に走ったそうだ。
「いい奴だった」と言っていた。

どこの世界も同じだと思うが、入れ替わりは激しいのである。
1回、参加する事も大変だが、参加し続けるのも大変だ。
そして、参加し続けてツールを支えてきても一瞬にして「犯罪者」として追放されたりもする。

この世は本当に儚いもので、その儚さを全ての生き物は受け入れなくてはならない。

永遠には続かないツールにゴマをするつもりはないが、何とかツールから一目置かれる存在になりたいものだ。

俺は何と戦っているのか? 脂肪

今はアルプスに合宿に来ています。
昨日はチームカーからサポートですが今日は選手のリクエストに応えて一緒に150kmほど走りました。
さすがに3週間ほどまともに練習していなかったのでVAR峠では車につかまりましたが
なんとか走り切りました。
いや、きつかった。
走りながら、幸也は良く頑張っているなぁ…
なんて思いながら走っていましたが、練習しないで自転車に乗るきつさは格別です。

今の滞在場所はスキー場で標高1800m。
マルセイユが暑かったのでTシャツしか持ってこなかったので、35ユーロで山もぼりでも使えるガウンを買いました。
これで雨の日のサポートもばっちりです。
選手は
「明日も来るのか?」と不安そうに聞いてきます。
明日はもっと調子があがるぜ フフフ
と俺は何と戦っているのかわかりませんが明日も張り切って行ってきます。

__

俺は何と戦っているのか? 脂肪

今はアルプスに合宿に来ています。
昨日はチームカーからサポートですが今日は選手のリクエストに応えて一緒に150kmほど走りました。
さすがに3週間ほどまともに練習していなかったのでVAR峠では車につかまりましたが
なんとか走り切りました。
いや、きつかった。
走りながら、幸也は良く頑張っているなぁ…
なんて思いながら走っていましたが、練習しないで自転車に乗るきつさは格別です。

今の滞在場所はスキー場で標高1800m。
マルセイユが暑かったのでTシャツしか持ってこなかったので、35ユーロで山もぼりでも使えるガウンを買いました。
これで雨の日のサポートもばっちりです。
選手は
「明日も来るのか?」と不安そうに聞いてきます。
明日はもっと調子があがるぜ フフフ
と俺は何と戦っているのかわかりませんが明日も張り切って行ってきます。

__

土地がやせる氾濫

今の世の中は情報が氾濫している。
そして、自分も中毒のようにスマートフォンから次々と流れてくる情報を見ているが
ほとんどが自分にはあまり関係のない情報だったりする。

こういう世の中だから、情報を整理して必要な事だけ知る方法を見つける必要があるが
情報を流す側としては、中毒者をどんどん増やしたい訳で
やり口は複雑かつ巧妙化している。

とはいえ、自転車のロードレースに関わるものとしてはその利益をかなり享受している。

むかし、日本にいてはほとんど欧州のの自転車ロードレースが見れなかった94年
オランダに半年間、自転車留学した自分はある人に頼まれて、
クラシックレースをビデオテープに録画して日本に送るバイトをしていた。

日本で何人の人の目に入ったか分からないが、それくらい情報が伝わるのが遅かったのだ。

だからと言って、当時が豊かでなかったかと言えばそうではない訳で
だれも不便も感じていなかったし、ローカルなレースでも観客は多く盛り上がっていた。

最近はツールドフランスこそ盛り上がっているが、ローカルな大会は寂しいものである。

実際、会場に見に行くよりもテレビの前にいた方がよく見れるのである。

情報の氾濫は人々の想像力を奪い興味を半減させる。

昔は情報を得る為に高い山を登らなくては得られなかった。
今は山頂にヘリでいける。

そして、興味は山頂にばかり集まり、裾野に気にかける人がへる。

裾野あっての山頂である。

土地がやせる氾濫

今の世の中は情報が氾濫している。
そして、自分も中毒のようにスマートフォンから次々と流れてくる情報を見ているが
ほとんどが自分にはあまり関係のない情報だったりする。

こういう世の中だから、情報を整理して必要な事だけ知る方法を見つける必要があるが
情報を流す側としては、中毒者をどんどん増やしたい訳で
やり口は複雑かつ巧妙化している。

とはいえ、自転車のロードレースに関わるものとしてはその利益をかなり享受している。

むかし、日本にいてはほとんど欧州のの自転車ロードレースが見れなかった94年
オランダに半年間、自転車留学した自分はある人に頼まれて、
クラシックレースをビデオテープに録画して日本に送るバイトをしていた。

日本で何人の人の目に入ったか分からないが、それくらい情報が伝わるのが遅かったのだ。

だからと言って、当時が豊かでなかったかと言えばそうではない訳で
だれも不便も感じていなかったし、ローカルなレースでも観客は多く盛り上がっていた。

最近はツールドフランスこそ盛り上がっているが、ローカルな大会は寂しいものである。

実際、会場に見に行くよりもテレビの前にいた方がよく見れるのである。

情報の氾濫は人々の想像力を奪い興味を半減させる。

昔は情報を得る為に高い山を登らなくては得られなかった。
今は山頂にヘリでいける。

そして、興味は山頂にばかり集まり、裾野に気にかける人がへる。

裾野あっての山頂である。

大人になるなよ!(40禁)

人にとって、好きなものと言うものには理由がない。
ぬいぐるみであったり、うちの娘にはいつも肌身離さずに持ち歩き、しゃぶりながら眠るスカーフであったりする。
自分が小学校5年生、ある時に見たドラマが自分の壺にはまった。
録画したものをカセットテープに録音までして持ち歩いていた。
CMが終わる度に録画を始めるのが遅れて、途中が飛んでいても関係なかった。
母がそのビデオを誤って全て消してしまった時のショックも大きかった。

そのカセットテープもどこかに消えて、カセットプレーヤーも見つけるのが難しくなった今。
その番組は僕の幼少時代の思い出として深くに沈んでいた。
何度か動画がないかと思ってユーチューブなどで何回か検索してみた。
見つかったのは、レコードのカバーだけ。
この写真を見て、びっくりした。
汚いおっさんたちがこっちに向かって走ってきている。
こんなんだったけ?
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「夏の王様」西田敏行、林隆三、坂口良子

数年がたち
何気なく、検索してみるとユーチューブに完全な動画が見つかった。
鳥肌が立った。
改まって、静かな部屋で正座して2回に分けてみた。
感想は驚きである。
今の自分の生き方と重なるものが多く、びっくりした。
あまりに重なり過ぎて、この感動をブログに書く事を躊躇うほどである。
特に、林隆三さんの歌う
「大人になるなよ」という歌は子供の時から好きであった。
そして、小学校5年の時には理解できなかった部分もある今は理解できる。
物語の中に当時は気がつかなかったやや強引な作りのところもあるが
そんなことは関係ない。
このドラマはミュージカルと言う事もあり、何回聞いても自分は飽きない。

子供と大人をテーマにしたドラマ。
そして、このドラマが今の自分に多大に影響を与えていた事に驚きです。


この物語と再開した数日後に林隆三さんが永眠した。

冥福をお祈りします。



ここからは宣伝です。
さて、自分は参加できませんが昨年に引き続きボンシャンスサマーキャンプをします。
安原監督、栗村修さんにも来ていただきます。
テーマは「大人の夏休み!」もちろん子供も大歓迎です。
昨年は夜のクワガタ取りなども行ったこのキャンプであなたも野生児になりませんか?
詳細は
http://www.sportsentry.ne.jp/event/t/41542
締め切りは
7月10日です。